2014.12.05

11月7日、モーグで制作を担当したiPad写真集アプリ「野上眞宏のSNAPSHOT DIARY」を発売した。プロジェクト始動からおよそ2年10ヶ月。ようやくこのアプリを皆さんにお届けすることができて少しだけほっとしている。発売直後、アップルストア銀座でトークイベントをしたあとはAppStoreの写真/ビデオ部門でトップセールス第2位にランクインできたのも嬉しかった!(一瞬ですが)。お買い求めいただいた皆さんありがとうございました。

今回のアプリは写真家・野上眞宏さんの大変な労作だ。写真のスキャンとデジタルデータ化に3年、修復に2年、写真のキャプション執筆やその他の作業にさらに2年の月日を費やされた。結果、想像以上にユニークで画期的な写真集が出来上がったと思う。こんな写真集は今までどこにも無かった。空前のボリューム、前例のないスタイルと言っても過言ではないだろう。

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1964年9月。目白通り江戸川橋方面。(c) mike nogami

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1965年8月。ブロードウェイの劇場街。(c) mike nogami

ではどんなところがユニークで画期的なのか。まず、すでに購入された方はお分かりだろうが、4000枚の写真というのはありえない多さだ。最初の写真が1953年、まだ首都高もない日本橋交差点から始まる。6歳の野上少年がお弁当をもって緊張した面持ちでカメラをみつめている。その後、高校時代の写真がしばらく続き、260枚を越えたあたりから同級生だった細野(晴臣)さんが登場する。ここから野上さんの本格的な写真撮影が始まる。

音楽ファン的には、『風街ろまん』『HOSONO HOUSE』『大瀧詠一』で使われているカットの前後の写真や未発表写真がこれでもかというくらいたくさん収録されているのが嬉しい。『風街』は4人の顔写真の別テイクや西武池袋線の車内で移動中に撮ったもの、マネージャーの石浦さんを囲んだ記念写真など、見たことのない写真が満載。小阪忠さんの『ありがとう』のレコーディングや忠さんと柳田ヒロさんの幻のセッションの収録風景もある。音楽以外では、個人的には“東京風景”と題された一連の写真に強く惹かれるものがあった。東京の夜はまだ暗く、物も粗末だ。でもそこに登場する音楽やアートが好きな若者たちのかっこいいこと!僕自身はその時代の東京をまったく体験していないのになぜか無性になつかしい。写真は画面をスワイプすれどもすれども延々と続く。手をとめては写真を拡大しディテイルをチェックしているとますます終わらない。これは紙では決して出来ない、タブレット端末でしかなしえなかったことだろう。もう圧巻のボリュームなのだ。

1971年10月。鋤田事務所の細野晴臣と鈴木茂。(c) mike nogami

1971年10月。鋤田事務所の細野晴臣(右)と鈴木茂。(c) mike nogami

1971年11月。“東京風景” 原宿。背景は山手教会。今はラフォーレ原宿がある。(c) mike nogami

びっくりするような写真が何枚もある。たとえば「ザ・ジャム・セッション」と題された手書き資料の写真。これは1968年4月に開催したライブセッションのメンバーの組み合わせ表を撮ったもの。そこには高校生の(高橋)幸宏さんと大学2年の細野さんがいくつかのバンドで一緒に演奏したことが記されている。野上さんの記録魔ぶりとモノ持ちの良さにあらためて驚かされる。

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「ザ・ジャム・セッション」の手書き資料の一部(トリミング)

写真の量や中身もさることながら、このアプリをユニークなものにしているのは野上さんとゲスト6名の副音声だろう。ほとんどすべての写真に副音声が収録されており、一部、同じ写真を題材にゲストが語るエピソードを聞くことができる。はっぴいえんどの写真のパートなんか聞いてると、まるで喫茶店かどこかで自分の横に細野さん、松本さん、茂さんが座って順番に写真の解説をしてくれているようだ。この語りの秀逸さがアプリの大きな魅力のひとつである。とくに松本さんからは聞いたことがないような秘話が続出する。とある演歌歌手の前座をエイプリル・フールがつとめた話なんか電車で聞いちゃいけないレベルの面白さで注意が必要だ。
惜しむらくは大瀧詠一さんのコメントだけが漏れてしまったこと。昨年11月、野上さんが大瀧さんと40年ぶりの再会を果たしアプリへの協力依頼に快諾いただいた直後に大瀧さんがこの世を去ってしまったことは残念でならない。

アプリにある副音声選択ボタン

アプリにある副音声選択ボタン

野上さんは「写真とはタイムマシンみたいなもの」と書いている。写真をずっと見ているとその中に自分自身が入り込んで漂ってしまう錯覚に陥ると。今回のアプリの写真はとりわけその感覚が強いように感じる。なぜか?それはここに収録されている写真のほとんどはスナップショットだからかもしれない。このアプリには、その後、音楽業界や写真や広告、文壇やマスコミや政界で有名になった人たちがたくさん写っているが、撮影時点では全員が20代の無名の若者で、友人である野上さんに素の自分をさらけだしている。まったく構えていないし、撮られていることを気にもとめてないように見える。また、先日のアップルストアのイベントでも指摘されていたことだが、野上さんという写真家は被写体に入り込みすぎず一歩引いて写真を撮るので、さまざまなものがキャンバスの中に収められ想像力を掻き立てられる。一枚ずつの写真に詳細に書きつづられているキャプションを読んでいると、6歳だった野上少年の人生の変遷をも知ることができる。まるで物語を読むかのように。そんな写真が4000枚超もあるのだ。このような写真の楽しみ方はこれまで例がないのではないだろうか。

◆◆◆

一応なんとかアプリの発売にこぎ着けられたことだし、ここに、僕がこのプロジェクトに関わることになった経緯を書き残しておきたい。

2000年前後のことと記憶しているが、当時、僕はある音楽事務所で働いていた。野上さんは日本に一時帰国して雑誌「レコードコレクターズ」に『はっぴいな日々』の連載していて、たまたま僕のいる事務所に遊びにきてくれたのが最初の出会いだ。そしてその頃、なにかの仕事でデザイナーの岡田崇さんと一緒に野上さんの吉祥寺のご実家を訪ねたことがある。野上さんは1974年にアメリカに渡っていたので、74年のまま時が止まったような部屋でなんだか不思議な雰囲気だった(『あまちゃん』の春子の屋根裏部屋みたいと言えば通じるでしょうか)。その野上さんの部屋で、今回のアプリに収録したはっぴいえんどの古いネガのコンタクトシートが大量にあるのを見せてもらったことが、(僕にとってのこのプロジェクトの)そもそもの始まりである。当時、これが全部公開できたらすごいかもと思うと同時に、あまりに量が多すぎるし不可能だろうと思っていた。なにしろまだスマートフォンもiPadも存在しなかった時代の話だ。

そして月日はめぐり2012年2月。
ある日、野上さんと岡田さんがふたりでモーグのオフィスを訪ねてきてくれた。あのネガの一部は2002年に写真集として出版されたのだけど、ページ数の限界もあり400枚くらいしか掲載できなかった。今回はタブレット端末向けの写真集にして3000枚くらい見せたいのだという。僕が今、Webやアプリを作ってるのを知ってわざわざ出向いてきてくれたのだ。文字と音声の両方のキャプションもつけて「解説を聞きながら見る写真集にしたい」という構想も聞いた。きっと面白いものが出来るに違いないと確信し、すぐに協力することをお約束した。10年以上前のあの日、吉祥寺の野上邸で見た大量の古いネガがついに日の目を見るのだ。この3人にもうひとり、岡田さんのご紹介でコピーライターの西山修さんも加わりここに制作チームが誕生した。

制作を進めていくなかで3000枚の写真は4000枚になり、発売日は僕の想定よりかなり遅れ(「半年後には出せるかなあ」と勝手に思い込んでいた)、産みの苦しみは思いのほか長く続いた。それでも野上さんの信じがたいほどの気力と執念が実り、AppStoreの審査も順調に進み、ついにリリースの日をむかえることができた。僕らが協力できたのはほんの少しのことだけど、2年半の期間このプロジェクトに関わり、素晴らしいクリエイティブの場に一緒にいられたことはかけがえのない体験であった。

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古いネガのコンタクトシートを貼ったスクラップブック。(c) mike nogami

それにしても野上さんはどうして5年、いや7年以上もの歳月をかけてこんなに大変な作業をやりおおせられたのだろう。そんなことを考えていた時、野上さんをラジオのゲストに呼んでくれた細野さんが、収録後の夕飯の席でこんなことを言い始めた。「人生はひまつぶしだよ。これは立川談志が言ってたんだけどね」ーすぐに「うん」と頷く野上さん。そこでさらに細野さんは「でも、ひまつぶしは丁寧にきちんとやらなくちゃいけない」と付け加えた。ふたたび頷く野上さん。なるほど、そういうことなのか。二人の会話は実に深い。ひまつぶしというものがこんなに尊いものだということに気づかされた夜だった。

4072枚のタイムマシン。まだの方には是非今から体験していただきたい。

(廣島)

▼オフィシャルサイト「野上眞広のSNAPSHOT DIARY」
http://nogamisnapshot.com/

▼モーグ制作実績「野上眞広のSNAPSHOT DIARY」
http://moag.co.jp/works/snapshotdiary/

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1971年9月。狭山にて『風街ろまん』 撮影。(c) mike nogami